『エイプリル・シャワー』（原作：水○正樹）

　ナル。ああ、なんておぞましい言葉なんだろう。私はこの言葉を口にするたびに 、あのまるでカニ道楽のようなナルの顔を思い出し、カロリーメイトを１７本飲んだ後 に胃カメラを飲むような、救いようのない気分にさせられるのです。

　あの思い出したくもない、今ではもう無意識の世界に抑圧されてしまった事件が 起こったのは中学を卒業した春休みの事でした。うわっ。そうだ。せっかく忘れていた のに書いているうちに思い出してしまったではないか。あの時、春休みということで東 京からＯ君が遊びにきていた。実をいうと私、そう水○正樹氏の原稿をもとにこれをワ ープロ打ちしている私はこのＯ君という人物を知らない。しかしまあ、あの稲○成運の 友達だというのだからきっとひどい男なのだろう。Ｏ君はひどい。さて、そんなとある 雨の日、私、水○正樹は稲○成運の父が経営する桑○スポーツの倉庫へと出かけていっ た。すると嬉しいことにナルはいなかった。その代わりにＩ君というのがいた。そのほ かにもＡ君がいたと思う。こういう書き方をされているところを見ると、このＡ君、よ っぽど存在感がうすいらしい。案の定、この先原作では一度も登場しない。それではＡ 君があまりにもかわいそうだから、私が原作を無視してここに特別にＡ君に発言の機会 を与えよう。

　「こんにちは。Ａ君です。」

ああＡ君、今まで生きてきて本当によかったね。
　「うっ、ううう、、、」（うれし泣きにむせぶＡ君の声。）

さて私、水○正樹はナルはどうした？とＩ君にたずねた。すると、
　「ナルはＯ君と一緒にメリノール高校（注：四日市にある女子校）の入学説明会 に行ったＭ子さんを追いかけて四日市まで行った。」
ということであった。私は「なんてヒマな奴らだ。」と思いました。そして私とＩ 君はマンガなどを読んで楽しみました。

　しばらくすると、倉庫にＯ君が一人でやってきました。
　「あれ、ナルはどうした？」
とたずねると、Ｏ君は、
　「あまりにもナルだから途中で見捨てて帰ってきた。」
と言いました。
　「うん。それはいいことをした。」
私達はＯ君の勇気ある行動を口ぐちに褒めたたえました。
　「ああ、いいことをしたあとは気持ちがいい。」
Ｏ君も満足そうでした。そして私達はしばらく、おしゃべりなどをして楽しみまし た。

　２時間ほどたったでしょうか。誰かが階段を昇ってくる足音が聞こえてきました 。ああ、やがて不幸がこの部屋のドアを叩く。そんな予感が私の全身を襲いました。
　「ぎいいいいいいいいいっ。」
ドアを開ける不吉な物音が部屋に響きわたりました。思わずドアの方に視線を向け ると、そこには全身水浸しで目を血走らせたナルがぬぼーっと立っていました。
　「四日市から歩いて帰ってきたあ−あ−あ。」
そう叫ぶとナルはその場にばったりと倒れふしました。話を聞けば、なんとナルは 四日市から桑名まで１０数キロを雨の中、傘もささずに歩いて帰ってきたとの事でした 。なにがナルをしてそのような行動をとらせたのか、私には計り知れないが、ただ一言 「ナルだから」ということで十分納得できることも確かである。私達はナルの無謀とも 思える暴挙に驚き、
　「おーおー、かわいそうに、さぞや寒かっただろう。」
と、ねぎらいの言葉をかけると、頭からバケツの水をぶっかけたり、クーラーをつ けたり、かき氷を与えたりしてナルをはげましました。こうした献身的な看病のかいあ ってナルはやがて息をふきかえしました。
　「おおナル、生き返ったか！！」
私達は口ぐちにナルの蘇生を喜び、サッカーボールを投げつけたり、金属バットで 頭蓋骨を痛打したりしてナルの復活を祝福しました。

　さて、水○正樹氏の原作はこれからだんだんと下品になっていく。シャイで謙虚 で奥ゆかしく、まるでコルトレーンのようだ、と言われる私にはとても書けない。ナル が浴衣姿になり、パンツを脱ぎ捨て、Ｉ君がカメラを持ちだしてナルの股の間を写そう として、見てはいけないモノを見てしまった。などということを、どうしてこの私に書 けようか。しかしよく考えたら、もう書いてしまったのでどんどん続きを書こう。

　「悪いモノを見てしまったああああっ。」
Ｉ君はうめき声をあげながら壁に頭を、がんがんがん、と打ちつけると、その場に ぶっ倒れた。そして３分後に生き返ると、今度は机にカジりついて歯ぐきから血を出し た。そしてＩ君の顔はみるみる間に毛沢東になってしまっていた。それも普通の毛沢東 ではなくて、鼻の長い毛沢東なのだ。思わず私が、
　「毛さん、毛さん、お鼻が長いのね。」
と歌うと、どこからか鼻の長いダイエー・ホークスの監督が現れた。
　「そうよ、王さんも、長いのよー。」
あまりのしょうもなさに皆の者が静まりかえった。

　その静寂をやぶって、誰かが階段を昇ってくる足音が聞こえた。ナルはその恥ず かしいノーパン浴衣姿を他人に見られたくない。こんな姿を人に見られたら、私もう、 お嫁にいけない。あの加山雄三でさえ「お嫁においでー」と言ってくれない。ましてや 「フィジーにおいでー」とも言ってくれない。というような非常に複雑なことを３秒の 間に考えて、直ちに押し入れの中に隠れました。

　「こんにちは。」

ドアを開けて入ってきたのは、メリノール高校の説明会へ行っていたＭ子さんでし た。しかしまあ、よくもこんな妖怪の巣窟みたいなところに女ひとりで来たものだ。ま あ、これから先、みんなが期待するようなことは何にも起きないのだが、それにしても 非常識としか言いようがない。悪いことは言わない。はやく帰りなさい。しかしＭ子さ んは私の親切な忠告を無視して部屋の中に入ってしまった。そしてそこに鼻の長い毛沢 東と鼻の長い王監督がいるのを発見し、悲鳴をあげた。

　「ひどい。ひどいわ。あまりにもシュールよ。原作無視もいいところだわ。」
　「そうだ。俺はこんなひどいものを書いた覚えはない。書くんなら原作に忠実に 書いてくれ。だいたい俺は高校時代にこんなものを書いてしまったことを猛烈に後悔し ているんだ。過去の汚点を引きずりださないでくれ。ネタ稼ぎにどうしても書きたいと いうのなら本名を出さずに仮名にしてくれ。」

私はもっともなことだと思い自己批判すると、直ちに毛沢東と王監督の存在を否定 した。するとその瞬間、王監督は消滅し、毛さんはＩ君に戻った。そして水○正樹君は Ｍ君（仮名）となった。やっと落ち着いたＭ子さんは私達に紙袋を差し出した。

　「これ食べてよ。つまらないものだけど。」
袋をあけると中にはラッキョの塩漬とケンミン焼きビーフン（生）がぎっしりと入 っていた。
　「誰がそんなもん持ってくるか！原作どおり書けっちゅうの！」
しかしよく見ると、それらはマクドナルドのハンバーガーでした。僕達は皆でおい しくハンバーガーをいただきました。もちろん押し入れの中のナルを除いて。
　「うん、むっちゃうまいでー。こんなうまいもん食えんやつはかわいそうやなあ 。」
　「ホンマや。こんなうまいもん食えんやつは、どうせ浴衣姿でノーパンなんちゃ う？」
私達は押し入れの中のナルに聞こえるように大きな声で「うまい、うまい」を連発 しました。ナルは悔しそうな顔をしていました。
　「押し入れの中にいるナルの顔が見えるか！」
　「そんなこと言ったって、原作にそう書いてあるし。」
Ｍ君（仮名）は私から原作を書いたノートをひったくると、
　「あ、ほんまや。ま、ナルはきっと悔しそうな顔をしていたことでしょう、とい う推測の意味で、、、」
　「ま、どうでもいいわい。」

ということで「押し入れの中のナルの顔問題」は解決したので、私達はまたハンバ ーガーを食べ始めました。ナルは健気にも、しばらくはその地獄の責め苦に耐えていま したが、やがてキレた。
　「がおおおおおおっ！」
ふすまを蹴破って押し入れから飛び出してきたナルは恥も外聞もなく（もともとそ ういうものが希薄な男ではあるが）、Ｉ君の持っていたハンバーガーを奪いとってむさ ぼり喰いました。その様は、食べ物がいかに人間の理性を失わせるかという事実をまざ まざと見せつけるものでした。（もとも理性などこれっぽっちもない男ではあったが。 ）

　「きゃあああああ。」
悲鳴をあげたのはもちろんＭ子さんです。襲われる。そんな思いが彼女の全身を駆 け巡ったことでしょう。それはそうだ。押し入れから突然、人が出てきただけでも十分 衝撃的なのに、出てきたのが極めて人間離れしたナルであるうえに、こともあろうに浴 衣姿でノーパンなのである。この悪夢のような体験が彼女の今後の人生に暗い蔭を投げ かけたことは想像にあまりある。だからいわんこっちゃない。あの時、おとなしく帰っ ておけばよかったのだ。

　それから先はパニックでした。私はそこらに投げ捨ててあったナルのパンツをＭ 子さんにぶつけたりしました。ナルはノーパン・浴衣姿で辺りをはいずりまわり、包丁 を振り回し、金属バットを乱打し、Ｉ君は「股の間」の恐怖を思い出して、再び毛沢東 に変身し、、、。以下略。

　どこからバド・パウエルの弾く「パリの四月」のメロディーの聞こえてくる、そ んな雨の四月でした。

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