小説『癌』
　リンゴをかじったら歯茎から血が出た。癌ではなかろうか。そういえば俺は生ま れた時から癌だったような気がする。俺の母は俺の生まれる５年前に癌で死んでいるし 、俺の父はガンモドキが好物だ。俺に癌の血が流れているとしてもなんの不思議もない 。俺は書斎から「素人にもわかるチャート式・癌」という本をひっぱりだして読んでみ た。その本の最初のページには「絶対当たる！モスクワ大学名誉教授ガンダスビッチ＝ ガンコフスキー式癌自己診断テスト」という、非常に信頼のおける、権威ある癌の自己 診断テストが掲載されていた。俺はさっそく、それをやってみた。
　　次の質問に正直に答えなさい。
　　Ｑ１．あなたは癌ですか？　（はい、いいえ）
　「はい！」
俺は非常に元気よく、はきはきとその質問に答えた。
　　診断結果　「はい」と答えた人→あなたは癌です！
　「がーん！」
あっ、書いてしまった。このネタはあまりにもベタなので書くのはやめておこうと 思っていたのに、つい誘惑に負けてしまった。ああ、なんて駄目な私。よし、もうこう なったらどんどん書いてやる。
　　−−　医者と患者の会話　−−
　　医者「あなたは癌ですね。」
　　患者「がーん、ガーン、癌、賀安！」
うーん、それにしても「賀安！」というのは、なんだかめでたそうだな。「餓暗！ 」のほうがよかったかも知れない。それはそうと、やっぱり俺は癌だったのだ。どうし てくれる。俺はせまりくる死の予感におびえた。死の予感というのは虎屋の羊羹とか愛 媛の伊予柑と違って、あまりうれしいものではない。しかし人生なげたらアカン。金槌 は水に浮かん。寒気がするのは悪寒。俺は慌てて病院へ駆けつけた。医者は俺の顔を見 るやいなや、即座に大きな声で俺を叱りつけた。
　「どうしてもっと早くこなかったのだ。早くこないから遅くなってしまったでは ないか。」
筒井康隆の昔の小説みたいな台詞をはく医者だ。どうもこれはろくな小説ではなさ そうだ。
　「そ、それではやっぱり俺は癌で、もう長くないのか？」
　「そうだ。お前はもう長くない。長くないが、そのかわり短い。」
　「ということは、もう俺は助かる見込みはないのか？」
医者は優しく俺にほほ笑みかけた。
　「なあに、心配することはない。」
なんだ。俺はほっと胸をなでおろした。俺をびっくりさせようとして冗談を言った だけなのだ。それにしても悪い冗談だ。心臓がとまるかと思ったぞ。
　「なんだ。心配することなかったんだ。すぐに治る軽いもんなんだな。」
　「うん。」
医者は優しくうなずいた。
　「あと３ヶ月の命だ。」
俺は腰を抜かした。もはやハードボイルドしている心の余裕もなくなった。
　「そ、それで先生。あと３ヶ月の命というのは治るんですか？」
俺は錯乱のあまり、馬鹿な質問をしてしまった。
　「なあに、心配するな。あと３ヶ月の命なんて１ヶ月もすれば…」
　「治るんですか！」
　「あと２ヶ月の命になる。」
　「えーん、えーん。」
ぼくはあまりのことに、つい大声で泣いてしまいました。ああこのままぼくは、ふ ちのやまいにおかされて。死んでしまうのでしょーか。
　「心配するな。昔と違って癌はもはや不治の病ではない。癌の特効薬といわれる ものもたくさん出ているのだ。早速今日からそれを飲みなさい。」
俺はたちまち明るい気分になった。そうだ、なにも恐れることはなかったのだ。現 在の科学技術というのはもはや癌を克服するまで進歩を遂げていたのだ。
　「先生、ありがとうございます。私もちょっとチャート式・癌で研究したんです が、その癌の特効薬というのはインターフェロンですか。それとも丸山ワクチンかな。 ピシバニール、５−フルオロウラシル、ＡＣＮＵ、アドリアマイシン、レンチナン、え ーと、それからえーとえーと、強力ガンコロシーとか…」
　「いや、これにしよう。」
医者は白い小麦粉のようなものをとりだした。
　「これを注射すれば脳の機能が積極的に昂進して眠気はふっとび気分はヘルシー 、おー、ジョイフルライフでオールハッピーという…」
　「なんかアブなそうな薬だな。」
　「心配するな。あの川俣○司も愛用している薬だ。あれを見ろ。」
医者が指さした窓の外を見ると、パンツ姿の元寿司職人が注射器を握りしめて、ぶ つぶつとつぶやいているのが聞こえてきた。
　「シャブはいいなあ。」
「いらん。人間やめるくらいなら死んだほうがましだ。」
　「そうですか。気に入りませんか。ではこの薬はどうですか。飲み薬なんですけ ど。食後に９錠ほど…」
医者は茶色い大きなビンを取りだした。
　「なんという薬ですか。」
　「強力わか○とです。」
　「ばか！わ○もとで癌が治るか！」
　「まあ、騙されたと思って飲んでみてください。毒にも薬にもならないようなも のですから。」
　「薬にならなきゃ話にならんでしょうが。」
　「まあ毒ではないですから飲んでも死にはせんでしょう。ではお大事に。」
　俺はその日から食後に○かもとを９錠ずつ飲みつづけた。しかし癌はいっこうに 良くなる気配がない。むしろ背骨のあたりに激しい痛みが出たりして、病状はますます 悪化しているようなのだ。たまらずに俺は再び病院を訪れた。
　「先生、わかも○飲んでもいっこうによくなる気配がないんですが。」
　「馬鹿もの！」
医者は激しい口調で俺を叱りつけた。
　「わか○とで癌が治るか！」
　俺は深い絶望の縁にたたされた。最後の頼みだった癌の特効薬も俺の病状に改善 をもたらすことは出来なかったのだ。このまま俺はなすすべもなく死を待たねばならな いのか。俺はうちひしがれた思いで病院を後にした。
　もうすぐ家に着こうかというその時、誰かが俺の肩をたたいた。振り向くとそこ にはくたびれた感じの中年の男が立っていた。
　「もしもし。あなたは癌ですね。」
俺は驚いた。
　「どうしてそれを知っているんだ？」
　「この小説のタイトルは『癌』です。だから主人公のあなたは癌だろうと、まあ そのように推測したわけですが、私の推理は間違ってますか？」
中年男は不敵な笑いを浮かべた。こいつ、何者だろう？
　「いや、あなたの推理は完璧です。あなたの言うとおり、私は癌ですが、あなた は…」
　「私はあなたを救うためにやってきたのです。」
　「私を救う？」
　「そうです。こう見えても私は子供の頃、金魚すくいのオニと呼ばれていました 。金魚がすくえて、どうしてあなたを救えないことがありましょうか。」
　「なるほど。ものすごく説得力があるように聞こえますが、よく考えるとまるで 説得力がない。」
　「よく考えなくてもまるで説得力ありません。」
　「で、私をどうやって救うというのですか。」
　「どうやってって、まず針金で輪を作ってそこに紙をはって…。まあ最近ではウ エハスがほとんどなんですが…」
　「まて！」
その時、通りの向こうから屈強な中年男が現れ、金魚すくい男の前に立ちはだかっ た。どうも作者に才能がないためか、ストーリー展開が無茶苦茶なのである。　「その 男は俺が救う！」
　「誰だ、お前は。」
　「俺か。まあヒロシとでも呼んでくれ。」
　「ヒロシだとぉ？引致記くさい名前だ。」
　「なんだその引致記というのは。」
　「知らん。いんちきで漢字変換したらこんなのが出た。」
　「とにかく金魚のオッサンはひっこんでな！」
屈強男は金魚男の横ヅラを張りとばした。
　「あーれぇー。」
張りとばされた金魚男はどこかへとんでいった。強い！この人にまかせておけばだ いじょうぶ！そう確信させるに十分な破壊力であった。
　「ヒロシよ、俺はアンタについていくぜ！」
　「よし、わかってくれたか中年よ。では俺について来い！レッツ、カモン、ベイ ベー！」
　ヒロシに連れられて来た場所は、海の見える２階建の寮のような建物だった。
　「君は今日からここで暮らしてもらう。」
海にはたくさんのヨットが係留されているのが見えた。
　「あのヨットは自由に使ってもらっていい。」
海の見える街でヨットに乗って過ごすのか。もし癌が治らなかったとしても、俺の 人生の最後を飾るにはふさわしい暮らしかも知れない。俺はヒロシに感謝の気持ちでい っぱいだった。
　その時、寮のような建物から頭を丸刈りにした学生らしい男が何人か現れた。
　「スクワット用意。」
　「いち、に、さん。」
　「おう！」
　「に、に、さん。」
　「おう！」
俺は思わずヒロシの目を見た。
　「もしかしてここは…」
ヒロシは力強くうなずくと、建物の入り口に掲げられた看板を指さした。
　　スパルタ法人：戸○ヨットスクール
　「癌はヨットで私がなおす！」
　おかげで私は登校拒否がなおった。
（注：この作品はフィクションであり、登場する人物・団体は実存する人物・団体 とは一切関係ありません。だからもし川俣軍○さんや、○塚ヨットスクールの関係者の 人がいても、怒らないで下さい。）

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